沖縄の追い込み漁を追って

聖教新聞に寄稿させていただきました(11月25日付)。

これまでにご縁のない新聞ですが、文化欄の編集者さんが海の民俗や文化に関心をお持ちで、出版社のチラシに目をとめてご連絡くださいました。

聖教新聞2025年11月25日付「沖縄の追い込み漁を追って」寄稿。「沖縄 最後の追い込み漁」著者・大浦佳代 (海と漁の体験研究所代表)
聖教新聞2025年11月25日付

沖縄の追い込み漁を追って

大浦佳代 (海と漁の体験研究所代表)

今も営まれる素潜りの集団漁法
海の生態系に溶け込み生きる


魚と同じ世界に身を置く

 船から海に飛び込んで1時間近く。漁はクライマックスにさしかかっていた。漁師たちが泳いで追い立ててきた魚が、最初に張った袋網(ふくろあみ)の近くに集まりつつある。漁師たちはこれをおどして袋網の奥に追いやると、「今だ!」とばかり息をそろえて潜った。横一列に並んで袋網の裾(すそ)をつかみ、一気に海底から引き上げる。

 その瞬間、袋網に閉じ込められた魚たちが、激しくあばれだした。糞(ふん)や粘液が雲のようにたちこめ、ウロコが飛び散る。泳ぎながら見守っていた私は、網に顔を押しつける魚とはっきり目が合った。そして、海の中に充満する絶体絶命の叫び声を聞いたような気がした。その叫び声に私の心臓は大きく鼓動した。

 人が泳いで魚を追い込むこの漁では、自分も魚と同じ世界に身を置く。網に閉じ込められた魚を見守っていたとき、私は魚の命と自分の命を重ね合わせていたのだろう。

 初めてこの衝撃的な漁を体験したのは20年ほど前。沖縄県宮古島の狩俣(かりまた)という集落では、素潜りの集団漁法「追い込み漁」が今も営まれている。十数人の組を率いる友利哲雄さんは22歳の若さで親方になり、87歳の今も現役で漁の指揮をとる。この漁にすっかり魅せられた私は狩俣に通い、漁にまつわるお話や昔話も聞かせていただくようになった。


複雑な地形、潮流を見極める

 友利組の追い込み漁は、深くても十数メートルの浅いサンゴ礁で行う。2隻の漁船が広い漁場を囲むように回したロープについて人が泳ぎ、最初に張っておいた袋網へと魚をおどしながら追い込んでいく。さながら海の狩りだ。

 哲雄親方は、海の中にも「けもの道」があるという。「魚は満潮のときにリーフ(外礁)に上がって餌を食べて、干潮になるとリーフから降りるさね。降りるときは通る道が決まっているよ。その場所に袋網を入れるのが基本。ただめったやたらに網を張っても、魚は一匹も入らないよ。場所のひとつひとつに特徴があって、これ、全部頭に入っていないとダメ」

 魚がすんなり納まるには、袋網を丸くきれいに張らねばならない。鯉のぼりが風をはらむように、袋網は潮の流れを受けて丸くふくらむ。したがって、潮流の向きや強さを見極める必要がある。しかしサンゴ礁の地形は複雑で、場所ごとに流れの向きが異なるだけでなく、潮汐によって刻々と変化する。潮流が速い水路や、満潮で深くなる場所では、人が泳げずに漁が成り立たない。

 哲雄さんの頭の中には、「けもの道」だけではなく、数百もの漁場のあらゆる特徴が畳み込まれている。それは、最盛期には乗組員の家族を含め百人以上の生計を支える重責から、試行錯誤の中で蓄積されてきたものだ。

 親方の自然への洞察はおそろしく深い。ほんの一例だが、私が漁に同行していて驚いたのは、サンゴが死んだガレ場のような場所でよく漁をすることだ。哲雄さんはいう。「おもしろいことに、生きたサンゴ礁には魚は全然いないんだよ。スズメダイとか、ちっちゃいのだけ。ところがサンゴが死んでコケが生えると、アイゴなんかの草食の魚が増えるさ。つまりサンゴにも循環があるということだよ。だから漁ができるわけさ」

 哲雄さんから聞いたお話は、じつに多岐にわたる。子ども時代の稼ぎをかねた海遊びのこと、山あり谷ありの70年にわたる漁師人生、サンゴ礁の豊かな食文化、命の瀬戸際をのぞく素潜り漁でのリスク回避、安全と豊漁を願う信仰──。潮汐のリズムに同調し、海の生態系に溶け込むように生きてきた最後の世代の物語だ。


サンゴ礁の豊かな食文化残す
漁師育てる「学校」の役割も

 沖縄の追い込み漁は、明治中期に沖縄島の糸満で生まれた。水中メガネの発明、造船や漁網の技術革新などにより、沖縄を代表する漁業に成長する。やがて糸満漁師は、沖縄各地から奄美、九州や伊豆諸島など国内のほか、海外にまで出漁。漁法も伝わっていった。

 戦後も沖縄には多くの組があり、狩俣でも数組が競い合った。しかし1970年代以降、マグロ漁業や養殖業への転換、沿岸開発や汚染による資源の減少、食のグローバル化などにより、追い込み漁は姿を消す。今や友利組は、産業として行われている規模の大きな組としては沖縄で最後の組だ。
 
 じつは友利組の漁師さんたちも、経営の柱はモズク養殖だ。モズクの漁期は冬から春で、夏はのんびりすごす人も多い。だが哲雄さんは「海は季節によって潮も、とれる魚も違う。漁師は季節に合った仕事をすべき」と、6月から11月は追い込み漁を続けている。

 友利組の価値は、漁獲だけではない。宮古では、チームで行う漁業は追い込み漁だけだ。若者や移住者なども柔軟に受け入れる友利組は、漁師を育てる「海学校」の役割も果たしている。また35年前から、地元の狩俣中学校で本格的な漁業体験も行ってきた。身近な海に親しむ子どもが少なくなっている今、地域教育の効果も大きい。
 そして今、友利組は世代交代の時期を迎えている。「中学でいちばんの思い出は追い込み漁体験」という若手漁師さんたちに、哲雄さんの心意気が受け継がれようとしている。

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